ネ言 negen

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モラルハザード

久し振りの言葉ネタ。全く知らなかったんだが、「モラルハザード」って言葉は本来、昨今のメディアで見聞きするような、「倫理観・道徳観の欠如」という意味ではないのだそうだ。

 モラルハザード

モラルハザードとは、もともとは保険関係の用語です。私はリスク関連のテクニカルタームとしてアメリカで習いました。経済学でも使います。意味は

「危険回避のための手段や仕組みを整備することにより、かえって人々の注意が散漫になり、危険や事故の発生確率が高まって規律が失われることを指す。」(http://pol.cside4.jp/socialism/2.html
です。

 すなわち、保険をかけたり、セーフティーネットが整ったりすると、そのことによって、リスク回避のインセンティブが低まり、該当するリスクがかえって高くなることを意味します。安心感から事故が起きる確率が増加するわけです。これは、ある意味で、経済主体の合理的な行動の結果ですから、単なる倫理不足や、自己中心的な行動、ということとは違います。

へえー。「モラルハザード」って一つのタームが存在してたのね。で、「倫理観の欠如」という解釈は明らかな誤用で、「モラル+ハザード」→「倫理の危機」→「倫理観・道徳観の欠如」ってな過程で派生したもののようだ。分かりやすくすると、

 (1) モラルハザード :保険・経済学の専門用語
 (2) モラルのハザード:「倫理観・道徳観の欠如」

という感じかな。助詞「の」が介在すればそれなりに意味は通りそう。それが、(1)の形式と(2)の意味が組み合わさっちゃったから、誤用表現になってしまったといえる。

ただ、私も知らなかったように、「モラルハザード」は倫理観の欠如という意味で用いられるのが大半だと思う。そのいい例が国立国語研究所外来語言い換え提案だ。この第2回(2003年11月)に「モラルハザード」が候補として挙がっている。

モラルハザード

言い換え語
 倫理崩壊

意味説明
 倫理観や道徳的節度がなくなり,社会的な責任を果たさないこと

もちろん、そこには本来の意味も補足してあるが、言い換え案が検討されるほど、誤用の意味のほうが定着してしまっていると捉えることができる。

言葉の意味や形が変化していくのは当たり前なのだが、モラルハザードがやっかいなのは元が外来語という点だ。最初に挙げたサイトにも書いてあるとおり、もともと英語で意味があるものに日本独自の意味を付け加えてしまった、そのことを理解しないでいると誤解を招く危険があるのだ。

でも、別の考え方もできる。「moral hazard」と「モラルハザード」は別語と認識しておけばいいのではないか。日本語で「もらるはざあど」と発音したり、カタカナで「モラルハザード」と書いた場合にのみ、「倫理観の欠如」という意味が付与される。英語で発音したり表記した場合には、本来の意味のみが現れる、と。

適度にバイリンガルでいいじゃん、とか思ってしまうのだが。それに、よくよく考えたら、本来の意味と誤用の意味って、用いられる文脈が明らかに異なるから、うまく棲み分けられるはず。

まあ、問題は、「moral hazard」の元々の意味を「倫理観の欠如」と覚えてしまう危険性があるってことだな。英語でコミュニケーションするときに齟齬を引き起こす可能性がある。これは、教えたり覚えたりするしかない。

ただ、日本で日本語で使っている限り、そしてそれが英語では通じないと理解している限りにおいては、使い続けていいんじゃないの? 「モラルハザード」っていう日本語として認識しとけば何も問題はない気がする。言葉が変化した結果、覚えておかなければならない知識が一つ増えただけのこと。*1

*1:似たようなテーマとして和製英語がある。例えば「ガソリンスタンド」は英語では通じない等。