ツンデレ言語論(3)
ツンデレキャラクターの言語的特徴の一つに、次のような表現を挙げることができます。
(1) べ、別に
(2) な、何も
(3) ば、バカ
(4) ちょ、ちょっと
「別に」「誰が」「バカ」「ちょっと」の語頭の一音をつっかえています。これらを発話の頭に持ってくると、
(1') べ、別にあんたのことなんか何とも思ってないんだからねっ!
(2') な、何もおまえのことを待っていたわけじゃないんからなっ!
(3') ば、バカなこと、言わないでよねっ!
(4') ちょ、ちょっと目が合っただけじゃないっ!
はい、萌えますね( ̄∀ ̄) この「つっかえ」という現象はツンデレキャラにかなり必須の要素といえます。何故なら次のように、
(1'') 別にあんたのことなんか何とも思ってないんだからねっ!
(2'') 何もお前のことを待っていたわけじゃないんだからなっ!
(3'') バカなこと、言わないでよねっ!
(4'') ちょっと目が合っただけじゃないっ!
つっかえ要素を除いてしまうと、萌え度が減少することから分かります。まあ、他の要素の支えがあるので必ずしも萌え度ゼロ、つまりツンデレキャラと解釈できなくなってしまうわけではありませんが、単なる罵倒っぽい意味合いが強くなります。
ここから、あるキャラクターに言葉をつっかえさせることが何故、そのキャラクターのツンデレ属性の発露につながるのか、ツンデレとつっかえが切っても切れない関係なのは何故か、という点が解決すべき問題であることが分かります。以下ではこの点について言語的な側面から検討していきたいと思います。
まず、言語行動としての「つっかえ」を定義しておきましょう。
定延(2005)はつっかえの言語学的な意義を考察した、ほぼ唯一無二の論考です*2。そこではつっかえ現象のパターンを以下の表1のように分類しています。それぞれのパターンの例を「別に」を用いて示しました。
語頭戻り方式 | 続行方式 | |
とぎれ型 | とぎれ型・語頭戻り方式 「べ、別に」 | とぎれ型・続行方式 「べ、つに」 |
延伸型 | 延伸型・語頭戻り方式 「べー、別に」 | 延伸型・続行方式 「べー、つに」 |
さらに次のように述べています。
つっかえの基本は、どうやら、とぎれ型・語頭戻り方式と言えそうである。
(定延(2005), p.62)
いわゆる典型的なつっかえはとぎれ型・語頭戻り方式(「べ、別に」)であり、ツンデレつっかえも基本的にはそうであると言っていいでしょう。型や方式をずらしてみると、途端にツンデレっぽくなくなるからです。
(5) ばー馬鹿言わないでよっ、だー誰があんたなんか……。
(6) ちょーちょっと、気安く話しかけないでよねっ。
このように延伸型は用いられません。こんなのはツンデレじゃないやい! また、とぎれ型・続行方式だと、
(7) ば、か、言わないでよっ。だ、れがあんたなんか……。
(8) ちょ、っと、んんっ……
確かにツンデレじゃないけど……これは違う意味でヤバい。以下妄想検閲。
もちろん、上記の表で全てのつっかえをカバーしているわけではありません。定延(2005)では挙げられていないのですが、某匿名巨大掲示板でよく見られる、
(9) ちょwwwwwwwwwwwおまwwwwww
の「ちょ」なんてのは、副詞「ちょっと」のとぎれっぱなし型とでもいえるでしょう。
それはさておき。ひとまずここでは、ツンデレと密接につながるとぎれ型・語頭戻り方式に焦点を当てます。では、とぎれ型・語頭戻り方式という言語行動が持つ意味とは一体何なのでしょうか。さらに定延(2005)から引用してみましょう。
とぎれ型・語頭戻り方式は、「自分がいま発言することばに集中していてつっかえてしまい(とぎれ型)、そのことばを初めから言い直す(語頭戻り方式)」ことだと考えることができる。驚いてモノの名を叫ぶ場合や、苦しみながらモノの名を告げる場合はこれにあたる。
(定延(2005), p.62)
とぎれ型・語頭戻り方式つっかえが驚き発話や苦しみ発話の行動である、と説明されています。なるほど、分かりやすい説明ですが、これだけだと今ひとつツンデレキャラとは結びつきにくいような気がします。
このつっかえのポイントは、その背後に存在する「(言いたいことが)集中して伝達すべき事柄である」という心の中での位置付けであると考えることができます。しかし、(1')〜(4')のような典型的ツンデレ発話には、一見、「集中」や「伝えたい」といった心の動きを読み取ることができません。
ですが、次のように捉えてみると、つながりを持たせられるのではないでしょうか。ツンデレ発話は基本的に発話された表現の意味と本心とがズレています。要は、思ってもないことを口にしているのです。そこで以下のような心の動きを想定することができます。
思ってることを言わないようにする 〈集中〉 ↓ 逆のことを考える 〈集中〉 ↓ 逆のことを言う 〈自己矛盾による葛藤=伝達できないことのふがいなさ〉 ↓ 行動として現れる「つっかえ」 |
こう見ると、つっかえ行動の基本要素である「集中」や「伝達」とうまく絡められそうです。典型的なつっかえは「言いたいことを伝えるために発生する行動」ですが、ツンデレ発話のつっかえは「言いたくないことを伝えざるを得ないために発生する行動」なのです。
何となく全体像が見えてきた気がします。典型的つっかえは(意図的であれ非意図的であれ)集中して伝達するという心の動きが基盤になっています。一方、ツンデレつっかえは、本心を露わにしないことに集中するという心の動きが基盤になっているのです。
本来、つっかえは言いたいことの出力に全力集中であることの表示なのですが、ツンデレつっかえは、その「全力集中」である部分を逆手に取って、「必死に隠す行動」を表示します。この逆手に取る策略が「言いたいことは他にあるんだ」という含意を生み出すのです。
あることばの持つ本来の意味とは逆の行動にそのことばを連関させることで、逆の逆(=本心)の存在を殊更に印象づける効果*4がある場合があります。ツンデレつっかえはこの効果を巧みに、そして最大限に利用しているといえるのではないでしょうか。
したがって、定延(2005)の言う「苦しみ発話」もあながちツンデレとかけ離れているわけではないのです。
ツンデレはある種の「苦しみ」。だからこその「つっかえ」。
また、ツンデレつっかえを受容する側から見れば、ある言語表現が話し手にとって言いたくない内容かどうかは、その字面からだけではなかなか判別できません。そこで、「つっかえ」というマークが加わることによって、表現された側(視聴者、読者)は話し手の背後にある本心の存在を確認することが容易になり、そして、萌えるのです。
以上の議論から、つっかえはツンデレの属性解釈に大きな影響を与えていることが分かりました。本心と言語表現とのズレ、ギャップを的確に示せるのがつっかえ行動というわけなのですね。
しかし、つっかえさせれば常にツンデレになるわけではありません。次の現象はおそらく誰も指摘していないことだと思いますが、フィラー*5をつっかえてもツンデレにはなりません。
(10) え、え、えーと、誰があんたなんか……。
(11) あ、あ、あ、あのー、たまたま余っただけなんだから……。
つっかえがツンデレ属性の発露を助長するのであれば、上の例もツンデレになるはずですが、おそらくはツンデレと解釈せず、ドジっ子or気弱キャラと解釈する人のほうが多いのではないでしょうか。何故なんでしょう。*6
これはフィラー自体がそもそもツンデレ属性と相容れない言語表現だからであるといえます。「ええと」や「あのー」の類のフィラーは「次にしゃべることを考えてます」的な心の動きを表します。単にしゃべる内容を考えているだけで、それが本心かそうでないかという部分はあまり関わってきません。
本心かどうかという点に到達していない以上、ツンデレキャラとしては解釈できないのです。フィラー自体がツンデレ属性とあまり関与的でないため、それにいくらつっかえを加えてもツンデレ属性は増加しないのです。0に何を掛けても0にしかならないのと似たようなものです。
(10)や(11)には「一生懸命集中して考えてます」的なニュアンスしかありません。あるいは集中しすぎてパニクってるイメージでしょうか。つまり、フィラーとつっかえは、
(12) フィラー(考える) + つっかえ(集中する) = 考えることの集中
このような足し算になるだけで、本心やギャップといったものにはつながらないのです。
したがって、ツンデレにおいて、つっかえるべき対象は伝達内容(命題といっていいかな)に限られるといえそうですね。(12)と同じように式にしてみると次のようになります。
(13) 伝達内容(表の意味) + つっかえ(集中する) = 内容への集中
(14) 伝達内容(裏の意味) + つっかえ(集中する) = 本心の隠蔽
(13)が典型的つっかえ、(14)がツンデレつっかえです。ツンデレつっかえは伝達内容への近接が必須の条件といえるのです。なので、
(15) え、え、えーと、だ、誰があんたなんか……。
このように伝達内容のほうにもつっかえを加えてしまえば、多少ツンデレ度がアップします。
つっかえとツンデレの関係は、他にもいろいろ見ていくと(言語学的に)非常に面白い現象がゴロゴロ出てきます。例えば、発話頭ではなく発話途中でつっかえが起こった場合を考えてみましょう。
(16) 別にあんたのことなんか、な、何とも思ってないんだからねっ!
(17) 偶然よ、偶然。たまたま帰り道が、お、同じだけなんだからねっ!
を? 発話の途中でツンデレが発現したように感じますね。発話頭という位置情報よりも、つっかえそのものの機能のほうがツンデレに作用する働きが大きいということでしょうか。もちろん、必ずしもツンデレを想起させるわけではなく、
(18) 今日はちょっと、よ、用事があるので失礼します。
(18)はあまりツンデレっぽくないですね。これの非ツンデレ加減がどういう原因で生じるのか、言い換えれば、つっかえによるツンデレ発露がキャンセルされてしまう原因は何か、といった点を考えてみるのも面白いでしょう。でも、自分で考えるのはメンドクセ。*7
……ふう。難しいですねえ。なんか、専門的・研究的にもかなり新しいことを書いてるような気もしますが、それは、た、たぶん気のせいなんだからねっ!
次回は「言いさし」です。
参考文献
定延利之(2005) 『ささやく恋人、りきむレポーター 口の中の文化 (もっと知りたい! 日本語(第II期))』岩波書店.
定延利之・中川明子(2006) 「非流ちょう性への言語学的アプローチ ―発音の延伸、とぎれを中心に―」, 串田・定延・伝(編)『シリーズ文と発話1 活動としての文と発話 (シリーズ文と発話)』, pp.209-228, ひつじ書房.
田窪行則・金水敏(1997) 「応答詞・感動詞の談話的機能」, 音声文法研究会(編)『文法と音声』, pp.257-279, くろしお出版.
参考サイト
某匿名巨大掲示板
*1:用語あるいは指し示す行動の呼び名としては「どもり」「吃音」でも構いませんが、先行研究との関係上、今回扱う現象は全て「つっかえ」という呼称で統一します。
*2:第三章「つっかえる」(pp.48-64)。他には、定延・中川(2006)でより専門的かつ詳細につっかえの分析を試みています。
*3:この表は定延(2005)の記述をnegenがまとめたもの。
*4:語用論的効果と呼んだりもします。
*5:「えーと」「あのー」「うおっ」などの感動詞、間投詞の類をフィラーと呼びます。
*6:応答詞も同様のことがいえるかと。「は、はい」「う、うん」はツンデレではありません。終助詞の単独用法もそうですね。「ね、ねえ」「よ、よう」「な、なあ」もそれ単独ではツンデレっぽくなさげです。
*7:まあ、おそらくは、「終助詞が付いていない」とか「丁寧体」とか、その辺でしょうねえ。