ネ言 negen

たいしたことは書きません

真・難解な日本語4

(何故か今日は「です・ます」文体になってしまいました)

今日のテーマは「身体表現」です。体の描写とか身体部位の動きの描写とかですね。
リアル鬼ごっこ』における語彙の少なさは言わずもがなです。これは例えば、

そこには見たこともないような派手な車が一台止まっている。
 (『リアル鬼ごっこ』(文芸社), p.320)

このような表現に顕著に現れているといえます。小説に限らず、何らかの文章を書く時には、読者に理解をしてもらう、分かってもらうことを重視します。その表現を読めば、モノやコトや概念といったものが(リアルに)読者の頭に浮かんでくる、それが良い表現なのです。

読者に分かってもらう文章を書くのはかなり大変なんです。小説だろうが論文だろうがラブレターだろうが、その難しさは同等だと思います。

上の「見たこともないような」は、読者に分かってもらうことを放棄しています。どんな車が止まっているのか、という点に関して何の情報も与えていません。これでは、車に関するイメージが湧きません。イメージが湧かない時点で、読者は小説世界から取り残されてしまうのです。

作者が表現努力を放棄してしまうことは、本人の語彙力と密接な関係にあるといえます。語彙力がないからこそ、イメージを喚起させるような描写ができないのです。『リアル鬼ごっこ』においては、このような表現がゴロゴロ出てきます。以前、挙げた、

全てが“豪華”これ以上の単語が見当たらない程、豪華であった (同, p.250)

この例もそうですね。豪華さをイメージできないのは読者のせいではなく、「これ以上の単語」を持っていない作者のせいなんですね。

同じように、語彙力が表現に影響を与えているのが「身体」に関わる描写です。身体はまさに自分の体ですから、文章で表現されたものをその通りにイメージする(具体的に動かしたりしてみる)ことができます。その意味では、「身体表現」はより語彙力、描写力が必要となってくるカテゴリーといえるでしょう。

さて、まず、次の例を見てみましょう。

恭子は首を横に往復させ (同, p.69)

この表現からどのような身体行動が想像できるでしょうか。インド人の踊りのように、正面を向いたまま、頭を左右に動かす行為でしょうか。しかし実際の解釈は、文脈から判断する限り、「首を横に振って」が正しい解釈なのです。

だったらそう書けよ、と思うのも無理はありません。でも仕方がないんです。おそらく作者には「首を横に振る」という語彙がなかったのですから。

類例としては、

気の抜けた様子で左右に首を往復させると (同, p.296)

があります。これもインド人の踊りではなく、「左右を見渡すと」という解釈になります。はい、わけが分かりませんね。このように、具体的な身体イメージを思い起こせない文は悪い表現といえます。同じような「首の動き」を描写している表現として、

再び益美が呼ぶと愛は小刻みに首を横へと振りだした (同, p.10)
首だけをカタカタと後ろに振り向けた (同, p.90)
首を右に左に素早く後ろへと回し、ぐるりと体を反転させた (同, p.269)

などが確認できます。いずれも「首を(小さく何度も)横に振る」「振り返る」「周囲を見渡す」行為を描写しているのですが、何故かホラー映画のような状況が想像されてガクガクブルブルです。ある意味、高度な表現テクニックと位置付けてもいいのではないでしょうか。ウソです。

また、振り向く描写、振り返る描写についても、なかなか味わい深い表現が見られます。

彼女は言って、後ろを振り向こうと体をひねらせ始めた (同, p.204)
翼は体の向きを愛から仰向けにむき直し (同, p.211)

体のどの部分がどの方向を向いているのかさっぱり分かりませんね。もはや、映画「エクソシスト」の世界です。

では、次の例に行きましょう。

上の例でもかいま見えますが、使役の「せる・させる」が身体行動表現に多用される傾向にあります。

二人は首を素早く振り向かせた (同, p.162)
翼は無言のまま静かに首を頷かせた (同, p.201)
足を転ばせた (同, p.231)
途端にクルッと全身を振り向かせると (同, p.310)

これ、他人の身体を動かしているわけではありません。あくまでも“自分”の身体を動かしている描写なのです。何故、使役形を用いるんですかね。普通に、「振り向いた」「頷いた」「転んだ」で十分だと思うのですが。*1作者にとって、個々の身体部位は別の生き物なのでしょうか。謎です。

さらに、作者の乏しい語彙力を示す例として、慣用的な表現の間違いがあります。こんな例です。

大きなあくびをかいていた (同, p.278)

おしい。実におしいです。「あくび」は「かく」ものではありません。「する」ものですね。もうお分かりのように、「かく」のは「いびき」です。でも、なんで「いびき」は「かく」なんですかね。「あくび」も「くしゃみ」も「する」なのに。……あ、そうか、ハクション大魔(ry

他にもおしい表現があります。

翼の視覚にほんの一瞬だけ飛び込んできた (同, p.180)
翼の眼孔が多少大きくなった (同, p.296)

おしいですね。あるモノや出来事が突然に視覚的に認知されることは、一般には「目に飛び込む」あるいは「視野に飛び込む」と表現しますね。「視覚」に飛び込む、とはあまり言わないような気がします。

「眼孔が大きくなる」もなんとなく見過ごしてしまいそうですが、「眼孔」は目の玉が収まる穴のことです。ほら、ガイコツとかで目の部分がぽっかり空いてますね。あの部分です。あれって(外枠は)骨だから、そう簡単には大きさが変わりません。ブラックジャック先生やドクターKに頼むと大きくしてくれそうですが、自分の力で大きくすることはできません。できたら、まさにホラーです。

この場合、「目を丸くする」「目を見張る」「目を見開く」「瞳孔が大きくなる」(これは死んでますね)などがより適切な表現となりますね。

いやはや、この小説が「SFホラー」なのが非常によく分かりますね。単なる身体行動をあたかも奇怪な行動であるかのように描写してしまうテクニック。すばらしいものがあります。いや、ほめてませんから。

*1:専門的には、自動詞とか他動詞とか有対とか無対とか、いろいろあるのですが、難しいことはよく分かりませんので、各自勉強しておくように。