ネ言 negen

たいしたことは書きません

ツンデレ言語論(4)

あー、すっかり忘れてた。
 ツンデレ言語論(1)
 ツンデレ言語論(2)
 ツンデレ言語論(3)
というわけで続きを書いてみます。


今回と次回は「言いさし」という現象とツンデレとの関係について考察してみたいと思います。

「言いさし」は聞き慣れない用語かもしれませんが、簡単に言ってしまえば、「接続助詞で終わってしまっている文」のことです。


 (1) 今日はもう帰るから。
 (2) 急に言われても。
 (3) そんなの知らないけど。


これらは接続助詞「から」「ても」「けど」で文が終わっています。接続助詞なんだから、文法的にはその後にさらに文(主節)が続かなければおかしいはずですが、(1)〜(3)は全く自然な表現ですね。

このように、文として完結していないが意味が通じる表現は、話しことばなんかで比較的多く見られます。その内の、接続助詞で終わってるものを「言いさし」と呼びます。もう少し広義にとって、述語部分を省略した不完全な形の文全般を指す場合もありますが、本稿では接続助詞によるもののみを「言いさし」として扱っていきます。


さて、ツンデレ発話に目を向けてみると、接続助詞「から」による言いさし表現が多用されているといえます。


 (4) べ、別にあんたのことなんか、何とも思ってないんだからねっ!
 (5) ぐ、偶然よ、偶然。偶然なんだからっ!
 (6) い、いいわよ。も、もう帰るからねっ!


(* ̄∀ ̄)……。……はっ!? イカイカン。

で、今回問題にするのは、何故ツンデレは「から」で言いさすのか、という点です。次に挙げる、(7)〜(9)のように、他の接続助詞に変えると微妙にツンデレ度が低くなる、あるいは(10)〜(12)のように、何も付けない言い切りの形にするとツンデレ度が大きく低下することからも、「から」による言いさしはツンデレ発話にとってほぼ必須の要素ということができます。*1


 (7) べ、別にあんたのことなんか、何とも思ってないんだけどねっ!
 (8) ぐ、偶然よ、偶然。偶然なんだが。
 (9) き、急にボールが来たので

 (10) べ、別にあんたのことなんか、何とも思ってない。
 (11) ぐ、偶然よ、偶然。偶然なんだ。
 (12) き、急にボールが来た。


以下では、「から」を用いた言いさしの働きを踏まえて、ツンデレ属性との親和性について検討していきたいと思います。


「から」は一般的に「原因・理由」を表す接続助詞と位置付けられます。「から」節で示される事柄が理由となって主節の事柄が起こる、という関係になります。


 (13) 風邪を引いたから、学校を休んだ。


「学校を休んだ」ことの理由が「風邪を引いた」ことになっています。しかし、(4)〜(6)の言いさしは何らかの理由を表明しているとは思えません。「何とも思っていないこと」を理由として、どういった事柄が想定できるでしょうか。なかなか難しいですね。

したがって、(4)〜(6)は理由を表している表現ではないと言えます。次の(14)と比べてみても違いがはっきりします。


 (14)A 何で学校を休んだ?  B 風邪引いたから。


(14B)は理由を問われたことに対する答えですので、立派な理由の表現となります。(14B)も「から」による言いさしですが、理由を示しているという点で(4)〜(6)とは異なっています。「から」の本質的な意味が残っています。逆に言えば、理由の意味が残っていない(4)〜(6)のほうが変な表現なのです。

この、理由ではない「から」、および言いさしで用いられる「から」については、白川(1991,1995)が分析をしています。詳細な議論は省きますが、おおよそのところとして、「言いさし」でかつ理由を表さない「から」は、

 聞き手の行動の参考になる情報の提示


といった機能を持っていると結論付けています*2


 (15) いつまでもあなたのことを待っています。
 (16) いつまでもあなたのことを待ってますから。


(15)と(16)は同じような内容ですが、「から」で言いさした(16)のほうが、聞き手の行動を見越して情報を提示しているというニュアンスが強くなります。「(私が)待っていることを前提として行動してください」といってるのと同じですね。もしあなたが何らかの行動をするのならこの情報を参考にしてね、といった感じでしょうか。(15)のほうは、そういったニュアンスは強くなく、単に自分の状態を表明しているだけな感じです。

さらに言えば、(16)は「想定する行動をしてほしい」という話し手の願望も読み取れます。つまり「早く会いに来て」です。「から」による言いさし全てにこのようなはっきりとした願望が認められるわけではありませんが、何らかの形で「話し手の予想・想定」が背後にあることは間違いないでしょう。


では、ツンデレ発話の言いさしはどう説明できるのでしょうか。


 (4) べ、別にあんたのことなんか、何とも思ってないんだからねっ!


「(私は)あなたのことを何とも思っていない」ことを提示することで、どういった聞き手の行動を想定し、望んでいるのでしょうか。

ごく常識的に考えるなら、「何とも思っていない=私には関係がない」ので勝手に自由に行動してくれ、といった意思表示になります。無関係性を提示することで、聞き手の行動への非影響性を明確にします。そのことによって、「聞き手の自由意志による(好き勝手な)行動」を望むものと解釈されるのです。言い換えれば、


 (17) 全然、興味ないから。(お好きにどうぞ。)


と言ってるのと同じです。「この事柄は聞き手の行動に影響を与えない」という参考情報を聞き手に提示しているのです。


でも。

ツンデレは違いますよね。

明らかに、聞き手の行動や思考が自分に向かってほしいという願望が(4)のツンデレ発話の背後に存在します。単純に「から」による言いさしの働きを当てはめただけでは、この発話にツンデレのツの字も出てこないのです。

この、常識的な解釈とツンデレ的な解釈をつなぐ鍵は一体どこにあるのでしょうか。

次回に続く……。



参考文献
白川博之(1991) 「「カラ」で言いさす文」『広島大学教育学部紀要第二部』39.
白川博之(1995) 「理由を表さない「カラ」」, 仁田義雄(編)『複文の研究(上)』くろしお出版.
益岡隆志・田窪行則(1992) 『基礎日本語文法 ―改訂版―』くろしお出版.

*1:もちろん、つっかえや終助詞などの他の要素の影響もありますが、ここではひとまず無視して話を進めます。

*2:白川(1995)では「「お膳立て」用法」と呼んでいます。